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読書記録「あなたのための物語」

 アンデルセンの宝具ではない。

あなたのための物語

あなたのための物語

 

猛烈な痛みと苦しみの中、未練と生への渇望と現実への恨みが溢れる無様な死を迎えた35歳の女性科学者、サマンサ。

ページを開くと彼女の死から始まり、遡って彼女が死ぬまでの生活が描かれています。

 

舞台は近未来、人工神経分野のナノマシン技術で社会的成功者となった主人公のサマンサは、現在は脳で稼働してニューロンを疑似的に発火させることで他人の経験や知識を簡単に移植するナノマシン技術(以下ITP、Image Transfer Protocol)を研究していました。彼女が主導するチームは100%ITPテキストによって構成された人工人格<<wanna be>>に小説を執筆させることで、ITP使用者が創造性を兼ね備えることができるという証明をしようと試みていました。

そんな中、新種の自己免疫疾患によって余命が半年程度しかないことを宣告されたサマンサは、遺された時間を自らのITPの開発に使おうと決めます。<<wanna be>>実験終了時に一人だけ未解決問題の調査継続を主張した彼女は、チームが解散してがらんとした研究室で、迫りくる死に怯えたり向かい合ったりしつつ、<<wanna be>>と2人だけで研究を継続するのでした。

 

AI、脳内ナノマシン、それを用いた電脳麻薬といったSF感あふれる装置に、ラスボスのような強靭メンタルを持つサマンサでも死への恐怖と時間切れへの焦りから禁忌を犯す展開、「会話ができる赤ん坊」状態からスタートした<<wanna be>>が持ち始める自我と彼なりの「物語」の定義、科学と宗教の対立、着々と病状が悪化して苦しむサマンサ、<<wanna be>>が認識する「死」の概念の変遷などの様々な描写が淡々と展開していきます。

 

<<wanna be>>は小説を執筆し続け、いくつもの作品が作られますが総じて「展開が平坦で盛り上がりに欠ける」作品でした。その点から、未解決問題である「ITP使用者に見られる感覚の平板化」の原因を突き止めるきっかけを見つけるのですが、そういわれるとひょっとしてこの小説は「ITP人格が執筆した小説」という風に見せているのかも…?

 

それにしても、最終的にサマンサは死を受け入れて安らかな気持ちになったものの、作品を読み終わってから冒頭に戻ったらやっぱり人間の尊厳をかなぐり捨てて叫び苦しむ死の間際のサマンサが描かれていたため、現実は厳しいと感じましたね。