読書記録「灰都ロヅメイグの夜」杉ライカ

ニンジャスレイヤーのほんやくチームとして有名なダイハードテイルズのメンバー、杉ライカ氏によるダークファンタジー作品です。私が読んだのはもともとnoteで有償公開されていたもののkindle版。なので、一部note版限定のコンテンツは読んでいません。

読み始めると地の文が「君」と呼びかけてくるので二人称小説なのかなと思いきや、それは序章のみでそれ以降は三人称。しかもその呼びかけられていた「君」は主人公ではなく、じゃあ世界観説明用の使い捨てモブかと思いきやあとあと出てくる1人の登場人物で、ああライバル的なサブ主人公的なそういうのかなと思ったら…ああっ。

舞台となるのは、濃い霧の中に何層にも重なる構造の建築物がひしめく巨大都市、灰都ロヅメイグ。世界観はファンタジーなのでいわゆる「剣と魔法の世界」ですが、人々にとって「魔法」は空想の産物。

主人公は2人、隻腕剣士グリンザールと、隻眼吟遊詩人ゼウド。彼らは共にクエストをこなす相棒であり互いに信頼しあっているものの、それぞれが腕や眼を失った原因である過去の出来事や目的については語っていない様子。

物語の本編はグリンザールが呪文のセルフ入れ墨で感染症になり、死にかけるところから始まります。グリンザールと、彼を「師匠の仇」として付け狙う剣士たちとの闘い。そこに現れる乱入者。出かけていたゼウドの元に現れる女。魔法。

この本に収録されているエピソードは中編1つと短編が2つ、すべて読んでも2人の目的が達成されたりはしませんが、物語が未完のまま続きが書かれていないという風でもありません。グリンザールとゼウドという2人の長い冒険譚のうち、一部のエピソードをピックアップしてあるという感じ。例えるならそう…スレイヤーズすぺしゃる…あれをダークにした感じ…

個人的に二人称が苦手なので序章はちょっと読みづらかったのですが、それ以降は描写の緻密さも相まって脳内映像化も簡易でした。いやあ面白かった。

ただ、ニンジャスレイヤーを知っていると「死ね!グリンザール死ね!」というセリフで「死亡フラグいただきました!」とか思っちゃうのでアレ。

読書記録「ハーモニー」伊藤計劃

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<!DOCTYPE etml PUBLIC :-//WENC//DTD ETML 1.2 transitional//EN>
<etml:lang=ja>
<body>
伊藤計劃の第2作、ハーモニー<harmony />を読みました。

<story>
 大災渦<ruby>ザ・メイルストロム</ruby>を経験した人類が、人の命を大事にしようとして、ほとんどの病気を消滅させた近未来。
 <comment>
   この大災禍はおそらく、前作「虐殺機関」のラストで発生した事件のことか。
 </comment>
 人体にインストールするナノマシン「WatchMe」による健康管理と医療分子<ruby>メディモル</ruby>の治療行為によって、ほとんど病気になることもない。
 酒もタバコも体に悪いから駆逐され、汚い言葉や行為も抹消され、お互いがお互いを思いやる、やさしさに満ち溢れた世界。

 あるところにそんな世界が嫌いで仕方がなかった女子高生がいた。
 <list:item>
    <i: 霧慧トァン>

   

<i: 御冷ミァハ>

   

<i: 零下堂キアン>
 </list>
 3人はそんな世界への反抗として餓死しようとするが、計画が大人たちに露見して命を救われてしまう。成功したのはミァハだけだった。

 大人になったトァンは、WHO職員として戦地へ行っては健康監視ネットワークの目を盗んで喫煙・飲酒をすることでささやかな反抗を続ける生活を送っていた。
 そんなある日、日本に戻ったトァンがキアンと共に食事をしていると、世界各地で数千人が同時刻に自殺を試みる事件が発生する。

 事件を追うトァンは、そこに死んだはずのミァハの影を見る。
</story>
<impression>

 みなが全体の調和を重んじてお互いがお互いを思いやる世界で、「自意識」や「意思」にどれほどの意味があるのか。
 自分を自分たらしめているものはなんなのか。
 自我がなければ、悩むこともなく幸福に生きていけるのではないか。

 そういう真面目な流れで涼宮ハルヒネタとか入れてくるのやめよう?不意打ちやで。
 そして特に女子高生時代のシーンは女の子同士でキャッキャうふふしている感がつよい。これは百合小説だったのか。
 <comment>一時期はコミック百合姫でコミカライズ連載が予定されていたとか…</comment>

 前作の虐殺機関から世界観はほんのりつながっているものの、読んでたら世界の過去がちょっとわかる程度なので読んでなくても問題なし。

 <spoiler>
   序盤の描写から、地域によってはWatchMeをインストールしていない、していてもサーバーと繋がっていないようなひとたちも結構いるようですが、
   ラストシーンのあと、WatchMe使用者と不使用者が接触するとどうなるのか、とか想像できていいですね。
 </spoiler>
</impression>

なお、この作品は全体がETML 1.2という架空のマークアップ言語で書かれています。
主に
<anger>怒り</anger>
<suprise>驚き</suprise>
<hopelessness>絶望</hopelessness>
といった感情を表すタグが多いです。
エピローグまで読むと、なんでそんな書き方がされていたのか、なんとなくわかります。

そしてこの記事のタグは基本的にでたらめです。
ETMLリファレンスが見当たらないので仕方がない。
</body>
</etml>

読書記録「虐殺器官」伊藤計劃

デビューして2年で夭折した作家、伊藤計劃のデビュー作にして代表作。
ということを全く知らずに購入して半年くらい積んでいた、虐殺器官を読みました。

近未来。サラエボで発生した核爆弾テロによって世界中で戦争・テロが激化した結果、、アメリカを始めとする先進諸国は厳格な個人情報管理体制を構築しテロの脅威を一掃することに成功した。しかしその一方、後進国では内戦と民族対立により虐殺が旧毛木に増加していた。それに対してアメリカは特殊部隊を創設し、各国の情報収集と戦争犯罪人の暗殺を行うようになった。
その特殊部隊に所属するクラヴィス・シェパードは、各国の虐殺に関わっていると目される謎の男、ジョン・ポールを追跡する任務を負う。

人工筋肉や光学迷彩、痛覚遮断などの技術が普及した近未来。イントルード・ポッドやらフライングシーウィードやらの横文字なルビがふられた漢字やら、知ろうと思えばすべてのものについて生産者まで辿ることができるほどの情報管理社会など、サイバーな要素があれやこれやと出てこれども、内容は全編クラヴィスの1人称ということもあってかシンプルで非常に読みやすかったです。
登場人物も最低限、主人公と同チームの3人、仇敵ジョンとヒロイン?のルツィアがわかればいいですし。

ラヴィスの背負う罪や、ルツィアに対する執着、謎に満ちたジョンの目的と虐殺を扇動する方法など、あまり長くない中に濃度の濃い話が満ちていました。

ラストはなんとなく予想はつきましたが、ある意味では夢見ていた世界を現実に持って来ることに成功したのかな、という。

ところで、氏の作品としてもうひとつ有名な「ハーモニー」ですが、舞台は虐殺器官のn年後というらしいですね。そっちも読むのが楽しみです。(積んでる)

ちなみにこの作品のwikipediaを見ると、「ストーリー」の項目に最初から最後まで内容を要約した文章が書いてあります。あらすじどころじゃなく完全に要約。本編読まなくても既読者の会話に入っていけるレベル。すごい。

読書記録「ハイブリッド・チャイルド」大原まり子

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最近の本だと思ったら1993年の本だった。

収録作は「ハイブリッド・チャイルド」「告別のあいさつ」「アクアプラネット」の3つだが、独立した話ではなくすべてつながった話である。

他の生物の一部をサンプルとして取り込む事で、自身の姿や性能を対象と同等に変える事の出来る軍の新兵器のうち1体が意志を持ち軍から脱走。彼「サンプルB群Ⅲ号」は逃亡先で「ヨナ」という既に肉体の死亡した少女と出会い、そののち彼女の肉体を取り込むことで彼女の姿と生前の記憶を得る。

その後、彼は少女「ヨナ」として軍からの逃亡を続けるうち、とある星で瀕死の体を白い棺状のメカに格納して生かされている少年、シバラーマウスと出会う。彼と出会い、レシアと出会い、アディ、ドレイファス、そしてダニエルと出会い、ヨナのこころには大きな変化と、そして星そのものにも大きな変革が起きる。

一方、軍の方では時間をまたいで助言や干渉をする神官としての「かれ」が、自らの存在に揺らぎを感じていた。「かれ」は全てを識る頑固な老人として生まれ、だんだんと若返る肉体を持つ時間的奇形であった。「かれ」の肉体はもはや光の集まりのようであり、生まれ落ちたときのような絶対的な自信、頑固さはもはや失われていた。

この通り、ガチガチのSFです。正直、ヨナ(サンプルB群Ⅲ号)側のパートはともかく「かれ」側のパートは状況を把握する難易度が高かったです。「かれ」は時間を飛ぶために時系列が把握しづらいことと、フォーカスの当たる人物が章ごとに変わるときに時間も変わるため、それぞれの章がどう絡むのかがなかなか難しかったという感想です。

全編にあるテーマは「母」と「愛情」か。

ヨナを愛しておらず、ついには殺した母親、「かれ」の母親として「かれ」を産み落とす運命を知るD.H、ヨナ(サンプルB群Ⅲ号)が宇宙船兼旅の友として作ったものの、最終的には殺してしまう「母親」、星のマザーコンピュータの歪んだ愛、母親に虐待された過去を持つドレイファス、シバラーマウスやダニエルと出会い、そして知ることになるヨナの愛情、「かれ」の出会った「かのじょ」。

最近なかなか読んでなかった長編SF、なかなか時間が取れずに2カ月くらいかかって読んだので読んでやったぜ感もひとしお。面白かったです。

読書記録「チョコレートの天使」赤井五郎

結構前に購入してから積んでいたKDP小説作品です。

タイトルからはほんわかしたラブストーリーみたいなイメージを受けますが、複数のキャラクターに焦点を当てながら進む、ファンタジーかつミステリーの作品でした。

工芸や衣料などに虫素材を多用する世界で、序盤のメインとなるのは元・虫職人の二コラ。かつて虫工房の事故で父を失っている彼は、父と同じ工房で娘を失ってしまったことを切欠に虫職人を辞めてしまいました。それから無為に過ごしていた彼は、ある日酒場で「魔女が死人を生き返らせる」という噂を耳にします。そして彼は情報屋を紹介してもらうため、花売りを屋台を隠れ蓑とした密造酒の売人となります。

しかし物語の転換となるのは、ある宿屋で発生した殺人事件です。事件後からフォーカスが当たり始めるのは謎めいた老婆、そしてその娘ヒルダ、その娘ルブリー…なぜか地の文ではスノウロールと呼んでいて同一人物らしい?が、本人の記憶も地の文の記述もなんだかおかしい。

そのほか、事件を追う刑事サンオンとティティア、彼らは過去に「魔女」に命を救ってもらったという。「魔女」に関する豊富な知識を持ち、また知識を追い求める書師のマグザブ。盲目の探偵少年ツインズ・ワン。歴史上の大呪術師マド・リュード。

多くの登場人物が交差するのは「スノウロール」という女。彼女はいったい何者なのか。

読み進めていくうちに、だんだんと「これはこういうことなのでは」という引っかかりができ、判明する「魔女の秘密」に「本当の魔女」。

最後まで読み、すべてを把握するともう一度最初から読み直したくなる、そんな長編作品でした。

ただちょっと気になるとしたら、「ルブリー」が二コラの家と名前を知っていた理由がわからなかった…顔と仕事を知っていた理由はわかるけれど。

しかし、全ての謎が判明したときの爽快な読後感はとても良いものでした。全体としては長いのですが、細かく章立てしてあるので(ただし章ごとの長さは非常にまちまち)、章単位で読み進めることもできました。

「なんでこのタイトル?」と思いつつ最後まで読んだら「なるほどこのタイトル」となるチョコレートの天使、電子のみとはいえ250円。いい買い物でした。

読書記録「ニンジャスレイヤー キリング・フィールド・サップーケイ」

ニンジャスレイヤー第3部「不滅のニンジャソウル」の3巻。第1部から通すと15巻にあたります。

この巻に収録されているエピソードは6作。そして表題作「キリング・フィールド・サップーケイ」を筆頭として、サツバツとして無常な、完全なハッピーエンドと言いにくいエピソード群でした。


”ミューズ・イン・アウト”
ネオサイタマ版の「鶴の恩返し」は、ダークで、物悲しく、そして創作系読者にダメージを与える問題の名台詞が印象的なエピソードでした。

”ワン・ボーイ・ワン・ガール”
イグナイト(ブレイズ)カワイイヤッター!
この巻の中では最も明るく、光が見えるエピソード。
これまで短時間しか覚醒しなかったイグナイトが意識を取り戻して”ブレイズ”として覚醒し、ライブハウスでワオワオするエピソード。
これでエーリアス/ブレイズは両方はっきりとした意識を持って肉体を共有することになるわけですね。

”ザ・ブラック・ハイク・マーダー”
ニンジャスレイヤーは探偵小説だった?
舞台はキョート。探偵、ガンドーの情報を求める謎の女に、彼が最近解決した事件を語る老店主の視点で始まるエピソード。
事件の全容がわかってから事件描写を再確認すると、犯人のメッセージが読み取れるので2度おいしい。
うっかり最初に巻末の登場人物名鑑を読んでしまうと、真犯人のネタバレを引くので気を付けましょう。

”キリング・フィールド・サップーケイ”
口絵のゼンを感じる墨絵も印象に残る表題作。
出オチ感あふれるタイトルと、徹底的に金的を狙う殺し屋デソレイション、そして金的破壊された際の男ならわかりすぎる描写という若干コミカルな面もある序盤から、圧倒的な殺伐感と無常感へとつながる名エピソード。
サップーケイ空間で繰り広げられる無色無音の戦闘描写は秀逸で、ぜひ映像で見てみたいものです。
それにしても、『戦闘中の相手が敵組織と無関係だった上に敵組織の兵隊が一般人を殺害し始めた』ときに、一時休戦や共同戦線ではなく「早くコイツを殺して次に行かねば」という判断をする主人公は本当にブレません。

”ヘイル・トゥ・ザ・シェード・オブ・ブッダスピード”
ヘイヘイ!ヘイヘイ!ネオサイタマのハイウェイをバイクで激走する、スピードに命を懸けるやつらの物語。
そしてこのエピソードでみんな大好きサークル・シマナガシが本格登場。
ハイウェイの亡霊、クロームドルフィンを捕まえるためにニンジャがバイクで大爆走。
ニンジャじゃないけど暴走行為を加速させるカケル。
スピード感あふれる戦闘、そしてスピードの向こう側へ行ってしまったものたち。
バイクと一緒に二転三転する展開。長いのにスピード感あふれる展開が魅力のエピソードでした。

”トゥー・レイト・フォー・インガオホー”
先月の稼ぎはゼロ、借金まみれで妻は浮気。うだつの上がらない賞金稼ぎニンジャ、スカラムーシュを主人公とした短編。
スカラムーシュの小市民っぷりや、洗練されていない泥臭い戦闘を楽しんでいたうちに急に転がり始める展開、そしてサツバツ。
実際彼はニンジャであるが、強者に対する怒りはモータルのそれと同じであった。
目的を果たしたものの、結局もとには戻れない無常、スカラムーシュの結末は、かつてのニンジャスレイヤーと重なるのではないか。

いやあ、おなかいっぱい、ニンジャアトモスフィアを十分に摂取できました。
そして次の巻は…マグロ!マグロ・サンダーボルト!
アイエエエ…殺伐満載の巻の次がケオスの狂騒曲だなんて…

読書記録「BREAK-AGE EX ムーンゲッター」遠野 ひろみ

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イマジネーション・ブルーに続いてのBAEXです。

宇宙飛行士を夢見る天野忍は、アルジェリア人の恋人ファーティンや友人の陽一と共に、DP上でより現実に近い環境データを持つステージ「アトモスフィア」上で大型のロケットを装着したVP『クドリャフカ』を駆って宇宙に挑戦していました。
帰還まで含めた完全成功へのチャレンジを控えたある日、不慮の事故によって右腕を失ってしまう忍。
宇宙飛行士への夢を絶たれ、DPをプレイすることもできなくなったことにも慣れてきたころ、忍はファーティンが企業と協力してDPのプレイに対応した義手を開発していることを知ります。


飛行機乗りを夢見る青年が主人公だったイマジネーションブルーに続いて宇宙飛行士。
『アトモスフィア』の設定が明かされる前は「えっゲームのステージでどんなリアルやねん」って思いましたが、設定が明かされた後でも「『アトモスフィア』どんだけやねん」と言ったおどろき。
地上と宇宙とつながってるし下手したらまだ宇宙の先まで広がってるしもう現実シミュレーターレベルですよすごい。

あと、「ハンディキャップを持った人でもゲームを遊べるようにしたい」というのは割と現実にも通じるんじゃあないかなと。

ちなみにイマジネーションブルーに比べて、本編のキャラクターがガッツリ登場します。
通う学校が工科大だったり協力企業がイーディスだったりする関係上、懐かしの?あいつやこいつが。
樋口部長の出産話がおそ松くんネタだったのは読んだタイミング的に非常に良かったのか…?
あと会長は高専に残って研究してるんじゃなかったのか、なんでイーディスにいるのか。まだバイトか。

そういえばボトルシップトル―パーズでマーキュリー社所属だった久我がこの作中で立ち上げの話してるってことはこっちが時系列先だから、ボトルシップ時点で既婚者で下手したら子持ちだったな?あのザリガニ兄さんは。